ミッドライフクライシス、はじめました。
最近、不意に押し寄せた感情に背中を押されるように、久しぶりに今の私の心境をここに残したくなりました。きっかけは、漠然とした「虚無感」のようなものでした。——そして、気づきました。私は今、人生の「ど真ん中」(…よりもちょっと手前)に立っているんだと。
ミッドライフクライシスは突然に
こんにちは、ご無沙汰しております。Nashyこと、ローランド奈津子です。
タイトルの通り、私は今まさに「中年の危機」ことミッドライフクライシスの真っ最中におります。一般的には40〜60歳ごろに訪れると言われていますが、私の場合はちょっと早めにやってきました。
今はこの気持ちと静かに向き合っている段階で、無理に「解決しよう」とは思っていません。一朝一夕にどうにかなるものでもないですしね。ただ、この胸の内を言葉にして吐き出すことが、自分を癒すことにつながるような気がして。もし、似たような状況にいる方がいれば、「自分だけじゃない」と少しでもホッとしてもらえたら嬉しいなと思い、書いてみることにしました。
ミッドライフクライシスは「あるある」
芸人の中田敦彦さんも、ご自身のミッドライフクライシスを公表されていました。「物語が1個終わってしまったんじゃないかな」という言葉に、私も大きく頷いたひとりです。
キャリアの行き詰まり、大切な人との離別・死別、身体の変化や老い、将来への焦りや不安、金銭的な懸念……。「ミッドクライシス」とひとことで言っても、その中身は人それぞれで、しかも複数の要因が重なってやってくるのだと思います。私もそうでした。
では、私の場合は・・・
20代の頃は「弱みは見せてはいけない」とどこか尖っていた私ですが、今や「弱みは見せてなんぼ」くらいに思っています。生きやすくはなりました。その一方で、自分の中の揺らぎとどう付き合っていくかという課題にも、今まさに直面しています。
私には今、2歳7ヶ月の娘がいます。娘はとても愛おしく、毎日が発見で、彼女の存在には救われています。ただ、「母になった自分」と、「かつての自分」の間で、まだバランスを掴みきれていない感覚があります。
妊娠中から含めると、もう3年以上も「出産前の自分」という幻影への未練を引きずって生きてきました。もちろん、望んでの妊娠・出産だったのに。以前は、思いつきで旅に出て、山に登り、現地で宿を探すような無茶も楽しかった。今はその頃のようなエネルギーが戻るのかもわからず、ふとした瞬間に虚しさが押し寄せます。
アーティストとしての揺らぎ
2020年、アイデンティティクライシスをきっかけに、京都芸術大学通信学部イラストレーションコースに入学しました。
同時に、私はNashyという名前でアーティスト宣言をしました。あの時の、世に自分を晒していくハラハラ感と言ったらない。SNSとの付き合い方にも悩みながら、それでもニセコの人々との出会いに支えられ、活動を続けてこれたと思います。
そして2025年3月、無事に大学を卒業。長かったような、あっという間だったような5年間でした。お仕事の面でも、絵そのものにも「自分のスタイル」みたいなのが確立してきた感があります。
それでも、最初の作品を見ると、「なんて初々しくて素敵だったんだろう」と思うこともあります。
あの頃の感性を、今の私はどこかで失ってしまったような気がして、手が止まってしまうのです。
東京とニセコ、そして山形
2020年当時、今では夫のパートナーと私は、長らく東京で生活を共にしていました。コロナをきっかけに、北海道ニセコにお試し感覚で移住をしたところ、思いの外ニセコを好きになってしまい、それから二重拠点生活が始まりました。夫とはニセコで籍を入れましたし、娘も北海道で生まれました。良い友人たちにも恵まれ、私たちにとってニセコでの生活は第二の青春のようなものでした。
それでも、育児との両立に限界を感じ、地元・山形に拠点を移すことに。人生で24回目の引っ越しを経て、中古住宅を購入し、リノベーションして暮らしています。
自分で決めたこととはいえ、度重なる引っ越しや新居の打ち合わせで東京と山形を何度も往復し、体調を崩すことも多かった。育児の疲労、慢性的な睡眠不足、免疫力の低下。写真アプリが見せてくる数年前の自分と今の自分を比べて、「老いたなあ」としみじみ感じることもありました。
疲れと虚無、将来への憂い
私のミッドライフクライシスの正体は、「一区切りついた感」と「喪失への悲しみ」だったのだと思います。気が付けば違うライフステージに立っていた自分、成長してしまった自分を、嬉しいような寂しいような気持ちで見つめながら、「これからどうしよう」と立ち尽くしている。
そして「令和の米騒動」をきっかけに、政治への苛立ちもまた、静かなストレスになっています。日本が好きだからこそ、現状に対して不安や怒りを感じることが増えました。自分にできることは小さいけれど、選挙には必ず行こうと思っています。
さらに最近、父が認知症を匂わすような発言をし出したのです。自分だけではなく、当たり前のことながら肉親もともに老いていく悲しみ。ふと「介護」という言葉が頭をよぎるようになったことも、将来への憂いのひとつです。
ただ、ここから
ミッドライフクライシスは、派手な事件じゃない。普通に日常を送りながら、ふとした瞬間に感じる「ダルおも〜」な感情。
ただ、冒頭にも書いたように、今それを無理に消そうとは思っていません。ネガティブな気持ちにも、ちゃんと居場所を与えてあげたい。今は、虚無感のプールにぷかぷか浮かんでいるような時期なんだと思います。
でも同時に、前を見て、せめてハンドルは握っていないとな〜とも思うのです。うんこをしたら芳香剤をかけて誤魔化すのではなく、願わくは有機肥料にしたいわけです。(すみません)
「元の自分に戻りたい?」と問われれば、答えはNO。私はもう、あの頃の自分ではない。
それでも、「生命力を振るわせながら生きていける」という妙な自信があります。今は次のライフステージまでの過渡期で、そのうち視界が開けることを分かっているからかもしれません。
だからこそ、将来振り返ったらきっと尊くなるような「いま」の自分を観察し、感じたことを書き、こうして整理して、誰かと共有したいと思いました。この「内なるささやかな欲求みたいなものに気がつけたこと」自体も嬉しかった。
根っこを生やす時間
そして書いてみて、この感情に蓋をせず向き合えたので、書いている側から癒されていく感覚にすらなっています。
ささやかな欲求というのは、慌ただしい日常の中では聞こえにくいものですね。なので、休息をとって、感情と向き合うゆとりを持つことが、私にはすごく大事だったようです。
これは、次のステージへ向かう転換期。ぐんと精神の幹を伸ばすために、下に下に根っこを生やそうと思います。
…そして私は確信してしまいました。10年以内に、きっとまた別の理由でクライシスを迎えるんだろうな、と(笑)。
おわりに
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
もし今、同じように「なんとなく重たい気持ち」を抱えている方がいたら、そっと背中をさすってあげたいです。みんな、同じです。そうじゃない人がいれば、それはきっとフェイクです。
だから、あなたはリアルで、尊いのです。(と、自分にも言い聞かせて)
最後に、夫のおばあちゃんがよく夫に言い聞かせてくれていたという、魔法の言葉をシェアして締めたいと思います。
This Too Shall Pass.
これもまた、過ぎ去る。
あなたと、あなたの大切な人たち、そしてこの社会と世界が、なるべく健やかでありますように。
私はこれから、布団にもぐって、もう少し根を生やしてきたいと思います。